はつかさきはひ


陽光の下で、ナイフを確認する。
十分に研がれた刃は冷たく光を反射して、フリオニールの目を刺激した。
(しかし…武器の手入れするには不似合いな場所かもな)
さまざまな場所がかき集められた世界で、基地―というか実質的な家になる大きな館はコスモスの守護のおかげか平原にあった。近くに果実のなる木のある森があり、川から引き込まれた小川はいつも清らかな水をたたえている。ときおり小鳥の声が響き、まるで平和そのものだ。
ただ、一歩外に出れば戦が待ち構えている。剣戟と魔法が満ち溢れ、死のにおいがすぐ近くまでただよってくるのだ。
においを遠ざけるためにも、武器防具の手入れはしっかりしなくてはいけない。
そういうわけで、留守番役を任されたフリオニールは小川のそばでナイフを研いでいた。剣や斧はともかく、突き刺さること斬り裂くことに優れていなければならないナイフはこまめに研ぐ必要がある。
二本のうち一本を研ぎ終わり、さて次に取りかかろうとしたときにふいに妙な揺らめきが地面に見えた。
まるで水を通した光のような―
(フラッド!)
とっさに転がれば、一瞬前までいた場所に水球が落ちる。頭からひっかぶることは避けられたが、けっこうな量のしぶきをあびてしまった。
「ごめんなさい!」
可憐な声が上から降ってくる。転がったままのフリオニールにひょいと影がさして、声の持ち主が覗き込んできた。
「ティナか」
「制御に失敗しちゃって。ほんとはティーダのボールくらいにするつもりだったのに…場所もちがうし。本当に、ごめんなさい!」
(ああ、そうか)
貧弱な魔力しか持たない自分とは違って、ティナはときおり暴走してしまうほど魔力にあふれている。本意ではなく味方に襲いかかってしまったことも。
「そんなにあやまらなくてもいいさ、わざとじゃないんだし」
「でも…」
彼女は迷惑をかけること、重荷になることを嫌う。恐れていると言ってもいい。今も美しい青紫の光彩がいつもより濡れている。ゆらいで雫になるまえに止めなければ。
「じゃあ、アイスがいいな」
「え?」
「果物がはいってるやつ。茶色の…チョコだったっけ?それがはいってるやつでもいいよ」
甘いものは貴重品だったフリオニールとはちがい、彼女は菓子も作ることができる。初めて食べたときに本当においしくて、大好きになった。
「できたて食べたいから、作ってくれないか」
「……うん」
ひそめられた眉が元に戻り、あえかな唇の両端が上がっていく。
「じゃあ決まりだ」
にこりと微笑み返してフリオニールは立ちあがった。土がついたあたりを適当にはらう。
「あの、フリオニール」
「ん?」
「ありがとう。とってもおいしいの作るから!」
とびきりの笑顔を残して、彼女は館に走って行った。
ナイフや砥石を拾って、フリオニールも後に続く。緩んだほほは少し赤かった。

後日、お菓子をひとり占めした罰として、バッツにフラッドを思いっきり降らされるとは知る由もなく。



初出はブログ。多少なおしてあります。
甘党じゃないけど、甘いものが貴重だったのでお菓子がめずらしいとかそんなイメージ。ティナのお菓子作りは、モブリスで学んだですよきっと。ブリザドで冷やすんですよきっと。
タイトルは古語で「ほのかなしあわせ」です。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
10・02・18 翔竜翼飛

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